人が習慣を変える瞬間

習慣。

それはある事が繰り返し行われた結果、その事がしきたりになること。

 

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繰り返し行うことで意識せずとも容易に出来る行動。

頭を使わなくてもよい環境。

人は一旦、習慣というものを形成するとなかなかそれを手放そうとはしません。

 

例えばそれが時と共に意味のないものになっていてもそんなことはお構いなしに継続されてしまうものです。

 

自分はそれが当然になっていても周りはそう思っていない。

 

探してみてください。

 

その習慣、人の迷惑になっていませんか?

 

 

例えば食後に歯に挟まった食べ物をシィーシィーする行為。

私はこれが大嫌いです。

汚い。

 

しかし当の本人はといえば、私の不快感など全く意に介さずシィーシィーし続けます。

 

 

歯医者に行きなさいよ!

 

そんなに気になるなら歯磨きしなさいよ!!

 

やんわりとその事をお伝えしても相手はあの習慣

そう簡単には変わりません。

 

では、人はどういったときにこの習慣を変えるのでしょう?

 

答えは簡単です。

 

その習慣を続ける事の不便さなどのデメリットが習慣を守り続けるメリットを上回ればよいのです!

 

ここで彼のメリットといえば…

あれ?メリット何?

何のため??

あ、あぁ、、最終的には歯の間に詰まった物が取れるのか….

汚いな。

 

このメリットを上回るデメリットをその行為に結びつけてしまえば彼は習慣を変えざるを得ないのです。

 

そこで私は考えました。

 

彼がシィーシィーすると同時にガラスを引っ掻く!

ダメです。

確かに彼に不快感を与えられますが、私が何倍も不快です。

 

では、彼にそっと低周波治療器をつけてシィーシィーと共に電流を流す。

ダメです。

効果的だが非現実的です。

 

ならば、シィーシィーが始まったら倍の大きさでシィーシィーする!

ダメです。

本末転倒です。

 

あれもこれもだめ。

そもそも意識的に他人に不快感を与えてはいけません。

 

そんな無駄な事を思いながら私は文明の力に頼るのでした。

イヤホン考えた人!

おい!イヤホン考えた人!!

頭蓋骨が耳の位置まですり減るくらい頭なでてやるから名乗り出るように!!

 

 

そんなとこ。

不真面目のススメ

「真面目に正々堂々と。そして他人に迷惑をかけない」

私の根底に根付いているものです。

 

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真面目な人、不真面目な人、神経質な人、おおらかな人。

世の中には色んな種類の人がいます。

「あの人は真面目だ」そう聞くと比較的好印象な気がしますが、これは本当に良い意味で用いられているのでしょうか。

 

真面目のデメリット

 

真面目な人は責任感があってしっかり仕事をこなします。すると周りにいる人に頼られます。

場合によっては不真面目な人や卑怯な人、要領のいい人に利用されます。

 

相手に悪意はなくても真面目な人は「自分ばかり」という気持ちを味わいます。

そしてストレスがたまります。

 

自分が好んでその状況を生み出している自覚がある場合は良いですが、自分はただ真面目にやっているだけだと思っている人には大きなストレスの元となります。

 

そうなってくると対人関係に影響を及ぼします。

周りに人に悪意を感じコミュニケーションに弊害をきたします。

 

するとせっかく一生懸命仕事をしているにも係わらず「あの人は真面目だけれど扱いにくい」といったマイナスの評価を受けてしまいます。

さらにそれは頑張っても評価されないというストレスを生みます。

 

一生懸命やっているにも係わらず報われない。

そんな気持ちを抱えながらそれでも日々がんばる。

これではとても不幸です。

 

真面目をやめてみよう

 

できませんよね?

気持ち悪くて。

幼い頃から培われたものはそう簡単には変えられません。

 

それでも私は不真面目をおすすめしたいと思います。

不真面目といっても責任感がなく何をするにも雑で適当を目指せ!

なんていうことではありません。

 

私のススメは今の手当たり次第一生懸命という状況から抜けだそうという提案です。

自分にとって価値のないことにまで一生懸命という価値を見いだすことをやめましょうということです。

 

それでは真面目に生きなかったらどうなるかを考えてみましょう。

 

 

「この人は真面目だ」という評価は失われるかもしれません。

しかしそもそも一生懸命しがみついているこの「真面目」って何の意味があるのでしょう?

 

幼い頃から「自分は真面目だ」と評価されてきた延長上でなんとなく真面目が当たり前になってはいませんか?

 

その真面目はなんのためですか?

 

会社に評価され昇進するため?

 

だとすれば本当にそれは正しい?

 

人の評価というものは良くも悪くも評価する人の価値観でしかありません。

 

相手があなたに悪印象を抱いたらそれは「真面目だけれどそれだけ」の人になってしまいませんか?

 

もう少し柔軟に楽しく生きた方が物事がうまく回り出す気がしませんか?

 

必要なことと不要なことを意識的に分けてみよう。

 

ただ真面目をやめようとするとなかなかできません。

そこで自分にとってのメリットとデメリットを意識してみてください。

 

手当たり次第真面目に一生懸命やってきたことから少しずつ不要な部分が削り落ちていきませんか?

 

不要な部分はとことん切り捨ててしまいましょう。

 

 

世の中には驚くほどだらしない人、卑怯な人、小ずるい人がいるものです。

自分の価値観からは想像できないような価値観をもって生きている人もいます。

「人は変えられないから自分が変わるしかない」ではなく、そんなどうでもいい人には影響されない。相手にしない。

そんなくだらないものに大切な時間を1秒でも不快に過ごさない。

 

 

真面目に頑張っているあなたの長所を存分に活かして楽しく生きて行きましょう。

 

 

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