人生で最も近づいた瞬間

昨夜のこと

仕事からの帰り道

大きな交差点を渡っていた私

中央分離帯を越えて渡りきるまであと半分

その瞬間

左から明らかに加速してくるエンジン音

嫌な気配を察知した私は慌てて立ち止まり左に視線をやる

視界に入ったのはRV車

それも目の前

 

右折してきたRV車が加速して突っ込んできていたのです

私が瞬時に立ち止まったことで接触は避けられましたが

本当にすれすれでした

 

暗くなって視界が悪くなっていたのもあったのでしょうがだからこそ注意して運転しなくてはなりません

しかもその運転手はブレーキを踏むわけでもなく

更に加速して走り去っていきました

 

まるで私などそこには存在しなかったのように

 

恐ろしい、、、

 

 

幼い頃徐行していたタクシーに自らぶつかっていったことを除けば

人生で一番走っている車に接近した瞬間でした

 

加速音でおかしいと気がつけてよかった

 

そのまま歩いていたら絶対に轢かれていた

 

 

運転する側はもちろん

歩行者も自らの身を守るために

常に気をつけて生活しましょう

 

 

 

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ラグビートップリーグの開幕延期?他のプロスポーツは

 

ラグビートップリーグの開幕が延期になるというニュースを目にしました

コロナウイルスの感染拡大で緊急事態宣言が出る地域もあるような状況なので仕方がないかもしれません

これから春に向けてサッカーや野球のシーズンが始まります

プロスポーツの開幕はどうなってしまうのでしょうか

 

昨シーズンはコロナウイルスによる混乱でプロスポーツにも大きな影響がありました

スポーツ観戦が大好きな私にとっては大きな問題です

 

 

 

世の中の平常が早く戻ってくることを心から願って止みません

 

 

 

 

 

予測と反応

 

反応

それは生体が刺激を受けて変化や活動を起こすこと

 

大脳が判断して起こす行動で反射とは違います

(反射は熱い物を触ったときにとっさに手を引くような考えずに起こる行動です)

 

考えて起こす行動というのは過去の経験が大きく関係しています

これまでの失敗や成功から最適だと思われる行動をとるのが生物だからです

 

ただ、全ての反応を刺激が起こってから考えていたのでは自らの生命を守るのに弊害があります

そこで私たちはある程度起こり得ることを予測して生きています

 

深く考えてはいなくても五感から入ってくる情報からある程度何が起こるか予測しているのです

何かが起こった時、それを予測しているからスムーズに反応することができるのです

 

では、この予測が働かなかったらどうなるでしょうか

1つの例をあげてみましょう

 

先日のこと

出社中の私の前に見ず知らずの人が立ち止まりました

私はその人の風体からこれから起こり得ることを予測しはじめています

この時点で得られている情報は

・立ち止まった人が身なりのしっかりした目上の男性

・私は彼のことを知らない。つまり見ず知らずの人

 

「え、何、、誰、、、」

私の大脳大混乱

コロナウイルスの影響でマスクをしているので顔を完全に確認することはできませんがさすがに全く見ず知らずの人を知らない人だと把握することはできます

その上で私の脳はこの人を知らないと導き出しています

 

脳内のデータベースに参考になる事象が存在しないと人は戸惑う

 

ただ、立ち止まられただけならば何か反応をしなければいけないということもない

偶然そこに立ち止まっただけなのかもしれない

ここは様子を見よう

考えがまとまったので私は注意深く彼を見るという反応をとります

 

その数秒後

 

この御仁は手を指先まで綺麗に伸ばして太ももの横に添え

とてもきれいなお辞儀をなさりました

 

「お辞儀ーーーー!!!!!」

大脳大混乱

 

見ず知らずの人がわざわざ立ち止まってお手本の様なお辞儀

 

ない!

そんな事例は私の脳には蓄えられていない!!

 

予測が立たない!!

 

私のとった行動は

 

固まる

 

お辞儀を返すでもなく

声を出すわけでもなく

 

ただ固まる

 

 

何も出来ない

瞬時にお辞儀を返すなんていうのは予測の成せるわざ

 

全く予測がつかない事態に遭遇すると人は

固まる

 

 

よかった

これが命に関わる事態でなくてよかった

もしそうであったなら

固まるなんていう選択肢は

最悪の一手だと言っても過言ではないでしょう

本当によかった

 

 

こうして人は日々経験を蓄積し

次なる事態の予測を立てられるようになっていくのでした

 

 

ちなみに

 

次、全くの他人にお辞儀されたらどうするかというと

 

 

 

 

 

固まる

 

 

と思います

 

だって他に何もしようがないから

 

 

 

 

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過度な不安

不安

心配に思ったり恐怖を感じたりすること

 

人は生きている限り不安を完全に無くすことはできません

不安は生命を守るために必要なものだから

しかしこれが行きすぎると日常に悪影響を及ぼすことになります

 

無くそうと努力すれば努力するほど不安は大きくなるし

何か1つが解決してもまたすぐ次の不安が見つかります

そうしている内に心の中は不安で占められ

やがて身体症状や精神症状が現れるようになります

 

健康を損ねるような不安には対処したいけれど前述のとおり不安はなくならない

なくならないなら上手く付き合うしかない

 

自分の感じている不安が本当に必要なものか

予期不安ではないのか

そんなふうに考えてみる癖をつけたり

 

その不安が生じる理由を考える

何を恐れているのか

そしてどう対処したら自分が求める物が守られるのか

考えてみる

漠然とした不安がどこに結びついているのか

自分がどんな結果を求めているのか

 

それが見えたら不安に耐えてじっとしているのではなく

行動を起こす

すぐには上手くいかないかもしれないけれど

改善を繰り返せばきっと上手くいく

何かに夢中になっていれば

過度に不安にとりつかれる時間も減る

 

不安とのつきあい方が崩れてしまった時は

一度そのつきあい方を見直してみよう

 

 

 

 

 

 

人の足を引っ張ることが楽しそうな人

他人に迷惑をかけることを喜ぶ人っていませんか?

自らになんの利益もないのに人の足をひっぱることに喜びを感じているような人

何故「ような人」と表現したかというと

その喜びが理解できないから

本当に喜びを感じる人がいたとして全く理解できない

倫理観とかそのようなものを排除したとしても

全く共感できない

よって何故そんな事をするのか考えてもわからない

 

他人が努力しているのを邪魔して憤っていたり悔しそうな表情を見せるのが

楽しいのだろうか

少しでも他人の成長を妨げることで安心感でも得られるのだろうか

 

考えてみてもわかるはずが無い

そもそもそのような価値観を持ち合わせていないから

 

どなたか教えてください

 

やっぱり結構です

 

興味なかった

 

そういった人とは関わらない

相手をしない

戦わない

 

敵を作らないことが最大の防御策

 

なんて思っても

イライラするときはイライラするよね

 

イライラとも向き合わない

 

 

新年

新年が始まって6日経ちますが皆さんいかがおすごしでしょうか

 

今年はいつもとは違いコロナウイルスのせいであまりお正月気分を味わえなかった

そんな人も多いのではないでしょうか

そして私もその1人です

 

毎年特別変わったことはしませんが

今年は心の盛り上がりにも欠けた気がします

 

世界ではコロナウイルスに対するワクチンの接種も開始されたものの

日本国内を見てみると

感染者数は増加の一途

首都圏は緊急事態宣言が成される

そんな状況

 

全く先の見通せない状況ではなくなってきたものの

全く油断出来る状況ではなく

事態が落ち着くまでどれくらいかかるかは未だわかりません

 

今はたくさんの我慢を重ね

日常が戻ってくるのを待ちましょう

 

自らが感染することは

ウイルスの繁殖を招くことになる

自分の身はもちろん

全ての人を守りましょう

 

2021年は

人類がコロナウイルスに打ち勝った年になりますように

 

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