DAZN for docomoに加入してみた

DAZN for docomoとは

 

130以上のスポーツコンテンツが見られるDAZN

Jリーグや欧州サッカーを見るには欠かせないサービスです。

 

ではDAZN for docomoっていうのは何かと言いますと

通常月額1,750円(税抜)のDAZNが

月額980円(税抜)で見ることができるお得な契約なんです

 

加入条件は?

docomoの回線契約者で「FOMA」か「Xi」契約があればOK

(FOMAやXiって何?という方はdocomoのサイトにてご確認ください)

 

 

docomo回線は契約しているけれどFOMAやXiはわからないという場合はdアカウントの契約情報を確認するかドコモショップで確認してみてください。

 

for docomoって言うくらいだから別のキャリアのスマホなんかでは見られないんじゃない?

 

そんなことはありません。

docomo回線契約者に向けた割引がなされているだけでその他の内容は通常のDAZNと一緒!

違いと言えば支払い方法がdocomo回線の支払いと合算になるくらいでしょうか。

 

加入方法は?

「DAZN for docomo」等で検索して契約用サイトを訪れてください。

携帯回線が紐付いているdアカウントがあればなんなく申し込みすることができます

※携帯回線が紐付いていないdアカウントだと月額980円にはならないので注意

 

必要情報を登録して契約が完了したらすぐにDAZNのコンテンツが視聴できます。

 

 

通常1,750円のDAZNが980円で見ることができる

docomo契約者は使わずにはいられないでしょう。

 

沢山の日本人選手が海外リーグで活躍するようになってきたこのご時世

欧州サッカーを見るならDAZNは必須です。

チャンピオンズリーグも欧州リーグも決勝ラウンドが始まるし

欧州リーグは佳境に向かって行くし

Jリーグは始まるし

 

サッカーだけでもこれだけ見られて980円は安い!

 

サッカー好きなみなさんは是非

 

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成長のその先にあるもの

スマートフォン

液晶

半導体

 

成長分野が成熟期を迎えその成長が鈍化する

これまでの成長が著しかった分その鈍化はより鮮明になる。

 

一定の速度で成長し続けるものなどというのは存在しないからいつかは成熟を迎える

そして何かが成熟すると次の何かの成長が始まる

 

次はどんなものが成長するのか

どんな便利な世の中になっていくのか

 

人の成長に対する意欲は尽きない

 

楽しみだ

 

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心の休ませ方

気がつくと舌に歯の跡がくっきり浮かび上がるほど歯を食いしばっている

時々そんなことがあります。

 

歯を食いしばってがんばる

とはよく言いますがこれは時と場合による

そんな風に思います

 

気力体力が満ちあふれているような状態ならばどんどんがんばったらいい

 

しかし

 

気力も体力も限界なのにがんばってしまう

 

すっからかんなのにがんばってしまう。

 

ガス欠になると動けません

 

ガス欠になるまえに休んで給油しましょう

 

ガス欠になる前に意識して休む

無理矢理休む

ギリギリまで頑張らない

2/3いやなんなら1/2くらいまでエネルギーが減ったら休んでみましょう

 

休むことも練習が必要な人がいます

真面目で頑張り屋な人は特にそうです

 

上手く休めるようになるよう挑戦しましょう。

 

がんばりつづけなくていい

 

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スキーをしてたら地面に根をおろした話

 

私が生まれ育った小学校にはスキー学習というものがありました。

授業の一環としてスキー場でスキーを教えてくれるのです。

私は両親があまりアクティブではないので幼い頃からこのスキー学習くらいでしかスキーをしたことがありませんでした。

 

絶対的経験回数が少ないので当然他の子よりもヘタ。

 

しかし運動神経の優れていた私はスポーツ全般が得意で周りの認識もそうでした。

 

そう、周りは私がスキーがドヘタだとは夢にも思っていない。

いや、友達だけではありません。

教師ですらも恐らくそうだったでしょう。

 

授業の最初は基本的な転び方、スベリ方についてなのでどうにかごまかしが利きます。

妙なプライドから自分がスキーがヘタだとばれたくなかった私は内心ヒヤヒヤしながらも無事に一日を過ごしていました。

 

しかし

 

その時は突然訪れた。

 

スキー場には誰が作ったかわからないちょっとしたジャンプ台というものが必ず存在します

 

子供の好奇心はこういったものを見逃しません。

 

スキーの得意な子達が喜んでここに集まると教師も安全上その場に行くしかありません。

教師がいることでさらに生徒は集まります。

 

即席のジャンプ大会の誕生

 

何故かみんな順番に飛ぶことになる

 

先生も止めりゃいいのに何故か順番を仕切りだす。

 

「飛びたくない!!」

 

心の中で全力で叫ぶ私

しかし現実では

そんな事は言えない

妙なプライドができないなんて言わせない。

 

一人二人と近づく私の番

あっという間に訪れる私の恐怖のジャンプ

 

私は人並み以上に運動神経が優れている

やったことは無いけれど他の子ができるジャンプなんてやってみたらできるに違いない

 

意を決して飛ぶ

 

スキーのジャンプってテレビなんかで見たことありますかね?

あれね、スキーの先端が下に向かないように姿勢を保持しなくてはならないのね。

あの100mとか飛ぶ人と一緒にする訳じゃないけれど基本的には小さいジャンプも同じ

そうしないとバランスが崩れて着地できないから。

 

そんな事なんて全く知らない私

 

勢いだけで飛び出す

 

結果

 

 

完全に前のめり

 

 

前のめり過ぎて前方に一回転。

 

いや、実際は半回転

 

 

「あっ、怪我だ、これは大きめの怪我をするかもしれない」

スローモーションの世界で覚悟を決めた私はそっと目を閉じた。

 

 

次の瞬間

 

目を開けた私の視界に広がったのは大空

「あれ?大けが通り越しちゃった??」

 

焦る私

 

急いで状況を確認しようととりあえずアクションを起こす

 

体が動かない

 

力は入るのに身動きが取れない

 

なにこれ

 

そっと視線を足元に送ると

そこには

 

 

私の足を中心に後半分がすっかり地面に刺さったスキー

 

そうスキーの踵側がすっかり地面に刺さっていたのです

 

人間は膝より下が埋まると動けなくなる

これはきっと1つの関節の可動を失うことで今までの筋肉や体の動かし方では対応しきれなくなるからでしょう

 

スキーが半分埋まった私は言わば関節を1つ失った訳です。

 

動けない。

 

全く

 

周りで見ていた友達や教師は

また目立ちたがり屋な私が運動神経にものを言わせて大技を繰り出しおったww

しかも失敗しているwww

滑稽www

くらいにしか思っていなかったのでしょう

事の重大性がイマイチ伝わっていなかったので

誰も助けてくれない

 

 

動けない

 

刺さっているを通り越して地球からはえている私は動けない

そりゃそうです

地面に根を下ろしていますから

 

そこらへんの植物が自分で根っこを引っこ抜いて歩き出したら気持ち悪いでしょう?

地球のルールに反するでしょう?

 

私も地球からはえている以上動けない

 

なので今でもこうして刺さったままブログを更新している訳ですが

 

嘘です

スキーを外して見事に脱出しましたから。

 

 

教師は笑いながら

「おしかったけどこういう危ない技は前もって申告してなww」

なんて言ってました

 

平静を装いながら口から飛び出しそうな心臓を体内に押し込むのに必死だった私は「二度とスキーなんてしないからな」

そう心に誓うのでした

 

以上地面からはえながらお送りしました

 

 

 

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認知とストレス 枠組みを変える

 

ストレスを感じる原因

自分のそうだと信じるものと現実が合致しないから

例えば人に期待をする

こうあるべきだと思う

自分は当然そうあるべきだ、そうあって欲しいと思うことと現実が食い違う

本当はこうなのにとそれがストレスになる

 

自分の認知の世界の枠組みから逸脱したものがあるとそれを人はストレスと感じる

 

 

人の脳は一日で膨大な量の情報を処理しなくてはならない

自分が意識して考えている顕在意識の世界から

無意識の潜在意識の世界まで人は一日の内に膨大な量の情報を処理しなくてはならない

五感から得られる情報から思考として意識にあがってくるもの全て

この膨大な情報の内、生きることに直結しない意識の中での思考までを1つ1つ考え込んでいたらどうなるだろう

物事は全く進まない

生きることがままならなくなってしまう

だから人は自分の中に認知の枠組みを作り出し、ある程度意識しなくても物事を処理できるようにした。

 

認知の枠組みから逸脱すると

この自動処理システムのようなものは非常に便利だが、その枠組みから外れるものが存在するとストレスを感じるようになる。

自分が生きるために作ったシステムだからその外側にあるものがあるということは自分の生活を脅かす可能性があるから。

こうやって人は1つ1つの事を考え込んだり判断しなくていいようになっている。

 

ここで1つ問題がある。

認知の枠組みが世の中の大半の人と大きくずれているとどうなるか

自分はそれを問題だと思っていても他人はそれを問題だと思っていない。

 

悪意をもって自分を攻撃しているわけではなくても自分の生活を脅かされてしまうことになる。

 

これは非常に厄介で、自分はそれを嫌だと思っているのに相手はそれに全く共感できない。

共感できないから意識せずにその行動を取ってしまう。

 

自分の認知が人とずれていればずれているほどストレスを感じる事が多くなってしまう。

 

 

自分の枠組みを見直してみる

よく言われることだが、人は人を変えることはできない。

変えることができるのは自分だけだ。

 

自分が生きることに苦しさを感じるのなら自分の思考の枠組みを変える、変えることはできなくても見直してみるといいだろう。

 

自分がそうだと信じて疑わないこと

世の中の常識だと思い込んでいるもの

思い込んでいるということすら疑うことができないほど自分の中で当たり前になってしまっているもの

そういったものを見直してみる

 

幼い頃から周りの大人やテレビなどのメディアから得た情報で作られている自分の認識

自分にとってそれが世界の全てだが、それは本当に世界の全てだろうか。

 

自分がこれまで見てきたものはこの広い世界のほんの一部でしかない。

そのほんの一部でもっともらしいと思ったことが世界中のどこでも通用するだろうか。

それらが本当に物事の真理かどうかは置いておいて全く違う認知の世界が存在する可能性はないだろうか?

 

自分の当たり前を疑ってみる

 

意外と視界がひらけることもあると思う。

 

 

自分の価値観を否定して欲しいわけではない。

自分のことを間違っていたと否定してほしいわけではない。

むしろ自分には優しくしてほしい。

自分の事を守る為にこれらの考え方をお守りのように持ってみてはどうだろうか

 

人生の時間は非常に短い

思い込みにとらわれて来るしむ時間なんかより

自分の都合の良い解釈で笑顔で過ごせるくらいがちょうど良い

 

そんな風に思う

 

そんなとこ

 

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確率という名の下に存在する偏り

 

2年ほどの間、全く当たらなかったものがたかだか1ヶ月の間に2度の当選

 

確率と言う名の下の偏りは面白い

 

サンプルを多く取れば取るほど収束していくのは事実であろうが

その中には神さまの悪戯としか思えない偏りが存在する。

 

実におもしろい。

 

人間にこのメカニズムを説き明かす事ができる日は来るのだろうか

 

いや、問題はそんなことじゃない。

 

以下をご覧頂きたい

 

 

 

何故私は同じ間違いを繰り返すのだ

 

こちらの記事を確認してください

1年の目標は達成できましたか?

 

そう、ボスブラックを買っていたにもかかわらずボスブラックをもらう

私はブラックのコーヒーしか飲めない体質でもそういった戒律の宗教を信仰してもいません。

ただ残念なのです

お脳の作りが残念なのです。

 

もっと違う味を楽しめばいいのに、、、

 

 

複雑な気持ちをブラックコーヒーで流しこむのでした

 

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秘伝のタレは数ヶ月で入れ替わる

 

就職する

全く仕事のノウハウを知らないところから3年、5年、10年と

知識と経験を積み上げる

 

「1つの仕事を隅々まで理解しようと思ったら10年かかる」

私が入社したときに伝えられた言葉

 

時代の移り変わりという波を乗り越えて生き残り、ビジネスとして確立されて職業でも結果や形になるまで10年かかる。

 

そう考えてみると、何か新しい事を始めようと思ったらそこに要する時間とはどれくらいになるだろうか。

中には天才的なひらめきや運、流れに乗ってあっという間に結果を出す人もいる。

ただそんな稀な例は一体何%くらいのものだろうか。

 

「世の中はそういったごくわずかな人をエンターテイメントとして取り立てるから、人生で何かしら成功した人は才能があって自分とは全く違う生き物だ」

なんとなくそう思い込まされてはいないだろうか。

 

何かが形になるまでには時間がかかるんだ。

 

1年や2年の努力でそう簡単に大きな事は成し遂げられない

 

秘伝のタレのように

改良を重ね

毎日毎日愚直に継ぎ足し

煮詰め

それを永遠に繰り返す

 

そうすることでいつしか生まれたのが最高のタレ

 

ちなみに、注ぎ足したタレは数ヶ月で分子レベルで消えてしまう

つまりすっかり入れ替わってしまうそうな。

 

タレは入れ替わってもそこには人の気持ちがある

怨念にも似た情熱が宿ればすっかり入れ替わった何の変哲もないタレですらありがたがられるわけだ。

 

だとすれば

積み重ねた努力や経験、知識という消えて無くならないものをずっと積み重ねればそこには必ず何かが生まれる。

 

世の中に未来が見えている人はいない。

結果的に成功した人は誰よりも考え、努力している。

そのスピードが速い人は努力の濃度が濃いのだろう。

タレで言えばしょっぱい。

 

所々でタレの話を入れていたので焼き鳥が食べたくなった。

 

今日はこの辺にしておいしい焼き鳥屋さんを検索することにしよう

そんなとこ

 

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私のパニック発作とのつきあい方

呼吸はできているのに息が苦しい

動悸が激しくなる

冷や汗が出る

四肢が冷たくなる

目眩がする

 

パニック発作の症状です

 

ストレスが溜まりすぎると自律神経に悪影響を及ぼしてそれが引き金となってパニック発作を起こす

 

「なんとなく息苦しい」から始まり

どんどん酸素が回らないような気がしてくる

息苦しさは強くなり冷静さを失う

緊張状態になると動悸が激しくなり酸素の消費量は必然的にあがる

そうなると余計に苦しさが高まる

どんどん気持ちは焦り

原因不明の息苦しさに目眩を覚え

恐怖が生まれ

冷や汗がでる

手足が冷たくなる

その体の反応が心により深刻さを告げ

さらに冷静さを失う

 

このまま意識を失ってしまうのでは無いだろうか

何故こうなっているのか原因がわからないから対処ができない

苦しい

 

こんな風に思考は巡ります

 

こんな時どういう風に対処したらいいのでしょう

 

私が感じている対処法は

「何もしない」です

 

なぜなら

呼吸器や体に異常がないのであれば緊張状態が高まったことによる息苦しさはそれ以上何も起こりようがないからです。

 

「自律神経が乱れてそのまま呼吸が止まることはないでしょう

心臓が脈を打たなくなることはないでしょう」

 

そう思いながら息苦しさが立ち消えるのをじっと待つ

できれば自分をなだめながら

慌てず

恐れず

後何分くらいで落ち着くかな

なんて事を考えながら待つ

 

冷静さを取り戻せばだんだんと平気になります。

 

体をきちんと調べて異常がなかったことを前提として

発作には何もしない。

 

 

起こった発作には対処しない

 

 

日頃から過剰にストレスをためたりしないよう予防するというような対処は積極的に行い

 

後は自分の体におまかせ

 

 

これが私のパニック発作とのつきあい方です

 

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ルーティーンから気がついたことがあります

 

ふと時計に目をやる

 

15時30分!!

 

まだ。。。

さんじはん。。。

そんなバカな!!!

 

はい、ここまでが私の平日のルーティーンです

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ルーティーンとは

「決まった手順」「お決まりの所作」「日課」

などの意味の英語。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

本当に決まったように15時30分にやると時計に目がいきます。

まさしくルーティーン

 

 

!?

 

本当にルーティーンか??

 

おかしいじゃないか。

こんなに測ったように15時30分に時計に目がいくものか?

 

確認しようと意識して時計を見ているわけではない。

ただなんとなく目がいくのだ

「あぁ疲れたな。今日もそろそろ終業時間かな」

と思いながらなんとなく目がいくのだ

 

これはつまり

私の体内時計はこの時間を終業時間と把握しているということではないだろうか。

 

私が根っからの仕事嫌いだから1時間30分も早く終業を意識しているのではない

私が生きている時空と現実の時間軸がずれているのではないだろうか。

 

そう、私は独自の時間軸の中で既に一日の業務を終えているのだ

 

ただ、現実と時空がずれてしまっているので見た目上は15時30分と時計が表示しているに過ぎない。

 

私はこんなに「毎日早く仕事が終わらないかな」と思うなんて私は根っからのダメ人間なんじゃないだろうか

そんな風に落ち込んでいました

 

しかし

 

答えは別の所にあった

 

そう

 

全ては歪みのせい

 

 

私のせいじゃなかったんだな

 

という話を上司にしてみました

 

「つべこべ言わずに最低でもあと1時間30分働け」

との事です

 

 

けっ、夢のない男だな

 

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2019年 今年はパンの年

 

突然ですが先日から私の脳内に

「食べると生命の危機に陥るパン  仮死パン」

やら

「食べると腐るパン  腐乱すパン」

 

なんていう謎のパンシリーズが湧き出しております。

 

ここまでは1年365日の内、実に98%を正気を失った状態で過ごす私にしてみればまぁ通常営業の範囲内です。

 

しかし今朝のこと

いつものように会社に行きたくない重ーーーーーい気持ちを引きずりながら歩く私を驚愕させる事態が起こりました

 

 

「なぜ労働をしなくてはならないのだろう。日々の糧を得るためだ。働かなくては生きていけない。なぜ働かなければ生きていけないのだろう」といつもの誤作動思考を繰り返しながら地下鉄駅から地上に向かう私。

 

あぁ、この階段を上ったらまた会社に着いてしまう

一段一段悲しい思いを踏みしめながら歩を進めていると

そこに見慣れない物質

 

そう

 

パン

 

チョコチップがあしらわれた

細長い

 

パン

 

何故だ

何故こんなところにパンが、、、、

 

しかも踏まれて平べったくなってる

 

チョコチップがあしらわれているパンがあしげにされてチョコだか砂だかわからないものをびっしり身にまとってそこに鎮座しておられる

 

そもそも本当にチョコチップだったのかどうか怪しい状態で鎮座しておられる

 

何故

 

 

パンが

 

 

階段に

 

 

ひな人形のお内裏様のように

 

 

もちろん正しい理由なんてわかりません

 

しかし

 

2019年の私はパンとご縁があることだけは確かだな

 

そんな風に思うのでした。

 

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