何かを成し遂げたいと思ったら

 

自分に何かやりがい事がある

そしてそれを既に実行に移している人がいる

相談するとしたら

 

「こういうことをしたいのだけれどどうしたらいいですか?」

それとも

「こういうことを始めたのですがどう思いますか?」

 

前者だと恐らく大成することはできない。

それどころか始めることすらできない。

 

本当にやりたいなら後者のようにまずは始めるだろう。

 

始める前に誰かに相談するということは

その人の助力を心の中で期待してしまっていたり

最初から成功している人と同じ規模の成功を目指している。

 

だからきっと始められない。

 

最初からうまく行っている状態を想定しているなら

そこにたどり着けない理由は驚くほど沢山見つかるだろう。

 

本当に何かを成し遂げるなら

それらを一つ一つ分解してクリアしていくしかない。

その結果として相談している相手のような形があるということを理解できなければ恐らく何も達成できないだろう。

 

最終目標を分解して考える。

 

これができるようになるといろいろな事に挑戦することのハードルがぐっとさがるのではないだろうか。

 

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逃げていることに気がつけなくてはならない

 

考えているつもりでも

実は考えるのが疲れるから無理矢理結論づけていることは沢山ある。

 

それは考え尽くしたつもりになっているだけで

実は逃げている。

思考停止。

 

何かを成し遂げようと思ったら

考え尽くすなんていうことは恐らくない。

 

どんどん煮詰めていけるはず

煮詰まったら薄めて味付けして

更に煮詰めることができるはず

 

こうして長年煮込んできたものが

秘伝のタレみたいになって

何かを成し遂げている。

 

そんなことじゃないだろうか

 

昨日ふとそんな事を思った。

 

疲れること

消耗することから逃げてはいけない。

逃げていることに気がつけなくてはならない。

 

本当に自分がやりたいことがあるのなら。

楽して簡単になんていう都合の良い方法はない。

 

がんばって秘伝のタレを作りだそう。

 

いや、別に究極のラーメンや料理が作りたいわけではない。

 

なりたい自分になろうという話

 

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同じ轍は踏まない

 

自慢するみたいで嫌なんですけど

実は私は学習能力が高いです。

 

なので昨日と同じ轍は踏まない

何があったかは昨日の記事を読んでもらうとして

(詳細はこちら)

今日は同じ過ちは繰り返さない

 

いつものように人でごった返している通勤の地下鉄に乗り込んだ私

今日も髪の毛を挟まれるには絶好のコンディション

しかし私は学習能力が高いので

ドアが閉まる瞬間頭を少し前に倒す

 

これで髪の毛は守られた

しかしここで予想外の事が起こる。

 

頭を下げると

 

腰や背中が後ろにさがる!

 

これぞ人体の不思議!

挟まれそうになる私のスーツ。

 

危なかった。

 

スレスレの所で守られた私のスーツ

 

これからはドアの近くには立たないようにしよう。

心に誓った

 

 

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髪の毛が挟まれることなんてある!?

おはようございます。

生まれて初めて地下鉄で髪の毛を挟まれました。
また1つ大人の階段を上った気がします。

ちなみに
乗車してすぐに髪の毛を挟まれ、私の目的地までそのドアが開くことはない。

ちょっと力を込めて動いてみたら、こりゃ力業でどうにかなる量の挟まり方じゃない。
むしろ根こそぎいかれて身動きが取れない。

恥ずかしいやら痛いやら

結局少しずつ小分けに引っ張って難を逃れた訳ですが、みなさん是非とも地下鉄で髪の毛が引っかかっているおっさんがいたら助けてあげてください。

ツルの恩返しにならないように助けてあげてください。
つるっとの恩返し。

やかましいわ

 

はい、そんなことで今日も元気に頑張りましょう。

 

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背中を押してはいけない時

 

相手が断崖絶壁に立っている時

階段を下っている時

靴紐を結んでいる時

 

当然ダメ

 

大けがに繋がります。

 

普通の人はこんな時に他人の背中を押さない。

けれど心の話となるとナチュラルにこんな時に背中を押す人が意外と多い。

 

人には適度に休憩を取りながら生きる人もいれば

力の限り全力で体力を使い果たすまで突っ走る人がいる。

 

後者は時に休むという事を知らない。

 

疲れ切って一歩も動けなくなって初めて立ち止まる。

そんな時誰かに助けを求めて心の内を話したとします。

 

「誰だって~~」

「自分だって~~」

「そんなもんだよ」

「頑張れ!元気出せ!!」

 

疲れてうつむいている人

しゃがみ込んでしまっている人

そんな人の背中を押そうする。

 

転んで余計に自体は悪化する。

 

こんな時に必要なのは背中を押すことではなくて

そっと支えること。

 

自分の意見を押しつけるのではなくて

相手の意見を受け止めること。

そして支えること。

 

 

心が疲れている人は是非後者にお話しをして欲しい。

 

ただ、世の中には弱っている人に自分の意見を押しつけて悦に入ろうとする人がいる。

自分が相手を救ってやろう

自分が悩みを解決してやろうと

息巻いて近づいてくる。

 

相手の為を思っているフリをして

弱っている相手のエネルギーを吸い取ろうとする輩。

自分がエネルギーを吸い取るために弱っている人に近づいてくる。

 

どうかこのような人は相手にしないでほしい。

悪気はないのかもしれない。

しかし自分の為にはならない。

疲れ果てているときに相手にしてはいけない種類の人。

 

近寄ってきても頼ってはいけない。

 

そして支える側の人

支え続けてもいけない。

疲れ果てた人が寄りかかることに慣れてしまって立ち直る機会を失ってしまわぬようよく見守って欲しい。

 

いつまでも補助輪をつけていたら永遠に自転車に乗れるようにはならない。

 

人の為の思うということは非常に奥が深い

これが正解というものは恐らくない

疲れている人が少しでも上手に休めるといいね

 

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善行や悪行も風のように

 

身の回りの空気が移動し、周りの空気を押す

身の回りの空気が移動して生まれた空間にまた新たな空気が流れ込む

そうすることで大気に流れが生まれる。

 

万物の理とはシンプルなところでは非常に似ていて

善行や悪行も同じ理で動いている

 

だから自分が誰かに喜びを与えれば

身の回りの空いた空間に他の誰かからの喜びが流れ込む

悪行もまた然り

 

常に新しい喜びが流れ込んでいれば自分は常に幸せを感じられる

自分の所にある悪感情はそのままとどめておけばやがてそれは麻痺する

物事は相対的にしか判断されないからずっとそこにある悪感情はいつか忘れ去られてしまう。

 

そんな風に生きていればいつも幸せを感じられるのではないだろうか

 

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流れの淀み

 

おはおようございます。

こちらは現地時間で朝7時40分を回ったところです。

月曜日の朝といえば地獄の底においてあるシャンプーボトルの裏側のようなテンションで過ごすことが通例となっております。

 

そんな中、あまり考えるとよりドツボにはまると意識的にぼーっとしているとふとこんな事を考えます。

 

それは

なんだったっけ。

今思い出すからちょっと待ってね。

 

そうそう

人というのは同じ時代を生きてきてもそれぞれ有する価値観には隔たりがあるのに、そこに世代の隔たりが介入したらそれはもう全く違う形になっていてもおかしくないのではないかということ。

 

例えば

私のように生きてきた中でインターネットが普及してきた世代と

物心ついた頃には当然のようにそれが存在した世代

それぞれの時代の便利さ、成長過程それら全てがもう全く異なる。

 

そんな中生きてきたそれぞれの時間は同じものになり得るだろうか。

 

重なる部分はあるかもしれない。

しかしそもそも違う物であるということを忘れてはならない。

 

基本的に生物は進化するのだから、より若い世代のほうが優れていることに疑いはないしそうであって欲しい。

 

そしてその優れた世代が産み出す流れの淀みになってはならない。

主流になることはなくてもそれを理解する柔軟さを失ってはならない。

 

流れに逆らうなら遡上する鮭くらい大胆に逆らって欲しい。

遡上した先に確たる目標をもって。

 

 

こんな事を考えている内にいつも1つの結論に結びつく

 

それは

 

結局何について考えていたんだっけ?

そんなこと。

 

 

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自分の強みがわからない人

 

「あなたの強みはなんですか?」

 

そう聞かれたときにすぐに答えることができますか?

履歴書に自分の長所をすぐに埋めることができますか?

 

自分のストロングポイント

いくつ即答できますか?

 

自分の強みを聞かれた時に困ってしまう

頭を悩ませる

そんな人は多いのではないでしょうか?

 

自分の強み

それは自分の人生で多くの時間を費やしてきたものではないでしょうか。

 

ただしこれは自分の中であまりにも日常に溶け込みすぎて自分では気がつきにくい。

他人から見たら凄いことも、自分の中では当たり前になってしまっている。

 

だから強みとして堂々と宣言することができないのです。

 

ではどうやったらそれを見つける事ができるか。

 

それは

「自分だったこうするのに」と思う物に気をつけてみる事です。

 

この写真、自分だったらこう撮るのに

この文章、自分だったらこう表現するのに

この音楽、自分だったらこう展開するのに

 

自分の強みになるものには自分のこだわりがあります。

 

きっと無意識のうちに「自分だったら」と考えていると思います。

 

そしてそれがたくさんある分野

それがあなたの強みになります。

 

 

そしてそれを見つけたら冷静に考えてみてください。

自分の中で当たり前になっていることが本当に当たり前なのか。

他人も容易にそれを成し遂げているか。

 

あなたの強みは当たり前の中にあります。

 

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頼るの威力

 

私には伝家の宝刀がある。

 

それは

頼る

 

 

人は頼られると嬉しい生き物だ。

そこに自分の存在価値を見いだすことができるから。

口では面倒がってみても意外と喜ぶ人が多い。

それが「頼る」だ。

 

ここで一つ気をつけなくてはならないのは

依存しないこと

 

頼るに依存が含まれると

一気に重くなる

 

面倒なフリをしている人が本当に面倒と感じる

 

思いから。

 

さらに相手に結果を全てゆだねてしまうことは自分にとっても危険である。

それはもう自分の影響力の及ばない範囲の出来事になってしまうから。

自分で考えることをやめてしまうから。

 

考える事をやめてしまうと自分の成長に繋がらない

次に同じ事が起こっても自分で解決できない。

 

これらの事を理解した上で頼るを上手く使いこなす。

 

 

例えば

自分が抱えきれない量の仕事があるとき

相手を褒めつつ

相手のできることとできないことを見極めつつ

頼る。

あくまで結果にあまり期待しすぎず最低限の物を見据えて

頼る。

 

するとどうだろう

 

予測した結果以下のものが返ってくる

 

あほかっ!

 

いくら給料もらっとんじゃい!!

 

これならやっつけでも自分でやった方がいくらかましじゃ!!

口から手を突っ込んで親知らず歯茎に押し込んだろか!!

 

おっと失礼。

 

 

これは私という特別な例の話

 

忘れていたが頼る相手を見極める目も必要だ。

 

誠実な人

真面目な人

要領のいい人

仕事は早いが雑な人

時間はかかるがゆっくりな人

 

普段から見極めておくといい

 

それと

相手と笑顔で会話できる関係を作り上げておくこと

 

これが一番大切

 

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結局ELLEGARDENとの再会は

叶いませんでした。

 

10連休明けの朝です。

ELLEGARDENに会いにはるばる北海道から飛び出した私

結果は残念ながら再会は叶いませんでした。

 

しかし、転んでもただでは起きない男の代名詞たる私

とぼとぼと肩を落として帰ってきたりはしません。

ディズニーに行ったり

 

アートアクアリウムに行ったり

 

 

 

しっかり遊びほうけて帰ってきました。

 

 

結果

 

熟成されたダメ人間のできあがり。

 

10日間熟成されたそれは

ちょうど良く発酵が進み

現在アルコール濃度9%と言ったところです。

 

 

今日はもう会社に来ただけで褒めてもらいたい

一日で終わるかな

リハビリ

 

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